前立腺がんの治療法には、「内分泌療法」、「手術療法」、「放射線療法」などがあり、さらには特別な治療を実施せず、当面経過観察する「待機療法」があります。前立腺がんの治療を考えるうえで大切なポイントは、比較的進行がゆっくりしている癌であること、ホルモン療法、放射線治療が比較的よく効くことです。
そのため発見時のPSA値、腫瘍の悪性度(グリーソンスコアー)、病期診断、ご本人の年齢と期待余命(これから先、どのくらい平均的に生きられることができるかという見通し)、最終的にはご自身の病気に対する考え方なども含めて総合的に治療法が選択されます。
病期分類
癌の広がりと予後を判断するために病期分類を用います
病期Ⅰ・Ⅱ期
限局がん
●癌が前立腺内にとどまっている
(T1〜T2, N0, M0)
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病期 Ⅲ 期
局所進行がん
●癌が前立腺の皮膜を破って進展している
(T3,N0,M0)
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病期 Ⅳ 期
周囲臓器浸潤がん・転移がん
●癌が前立腺隣接する膀胱の一部や
直腸に及んでいる。
骨やリンパ節などに転移している。
(T4,N0,M0〜N1M1)
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リスク分類
転移のない前立腺がんは(T病期・グリーソンスコア・PSA値)を用いて低リスク群、中間リスク群、高リスク群、に分けられる。
転移のない前立腺がんに対するNCCNリスク分類
低リスク |
病期T1~T2a、グリーソンスコア6以下、PSA値10ng/mL未満 |
中間リスク |
病期T2b~T2c、グリーソンスコア7、または PSA値10~20ng/mL |
高リスク |
病期T3a、グリーソンスコア8~10、または PSA値20ng/mL以上 |
(超高リスク) |
病期T3b、T4 |
前立腺がんの診断後に最初に行う治療の選択
病期分類とリスク分類から治療法が選択される
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限局性がん |
局所進行がん |
遠隔転移しているがん |
●リスク分類 |
低リスク |
中間リスク |
高リスク |
超高リスク |
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●治療の選択肢 |
PSA検査で
経過観察
(PSA監視療法) |
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手術療法 |
手術療法 |
手術療法 |
手術療法 |
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放射線療法 |
放射線療法 |
放射線療法 |
放射線療法 |
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ホルモン療法 |
ホルモン療法 |
ホルモン療法 |
ホルモン療法 |
主な治療法
症状や年齢などによっては主な治療として行われる方法、
あるいは他の治療の補助として行われる方法
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「前立腺癌診療ガイドライン2012年度版」日本泌尿器科学会編 金原出版を参考
1.PSA監視療法
監視療法とは、前立腺生検で見つかったがんがおとなしく、治療を開始しなくても余命に影響がないと判断される場合に経過観察を行いながら過剰な治療を防ぐ方法です。監視療法では、3~6カ月ごとの直腸診とPSA検査、および1~3年ごとの前立腺生検を行い、病状悪化の兆しがみられた時点で、治療の開始を検討します。不要な手術などの過剰な治療に伴う患者さんの苦痛や生活の質の低下を防ぐためにも、監視療法は広く普及しており、重要視されています。
監視療法が適している状態とは、PSA値が10ng/mL以下、病期がT2以下、グリーソンスコアが6以下で、その他の指標も含めて総合的に判断されます。監視療法ではPSA値を3カ月から6カ月ごとに測定して、その上昇率を確認します。PSA値が倍になる時間(PSA倍加時間)が2年以上と考えられる場合には経過観察を続けます。
2.手術療法
前立腺全摘除術は、外科的に前立腺と精嚢を摘出し、膀胱と尿道をつなぎ直す手術です。腹腔鏡下前立腺全摘術は開腹手術と同等の結果が得られますが、排尿機能の復調はわずかに遅いとされています。腹腔鏡技術による神経温存は、性機能復調の可能性を高めます。
手術支援ロボットの普及(腹腔鏡下全摘除術)
近年、世界的に普及しているのが手術支援ロボット(da Vinci®:ダヴィンチ)を用いる腹腔鏡下手術です。
2011年時点で、米国の前立腺がん手術の80%以上は手術支援ロボットを使用して行われており、(National Cancer Institute. NCI Cancer Bulletin. Tracking the Rise of Robotic Surgery for Prostate Cancer. Aug. 9, 2011 Vol. 8/Number 16. )日本でも2012年に前立腺全摘除術に保険が適用されました。

腹部に開けた5~6ヵ所の穴からカメラのほかに鉗子を取り付けたロボット・アームを挿入し、操作ボックスに入った医師がロボット・アームを操作します。内視鏡画面は三次元で、従来の腹腔鏡画面(二次元)よりもリアルに精密に患部を観察できます。また、医師が直接長い鉗子を操作するよりも、手術器具の動きがスムーズです。その結果、よりリスクの少ない手術が可能になりました。
前立腺全摘除術は尿失禁、勃起不全などの合併症を伴う可能性がありますが、手術支援ロボットの利用でその低減が期待されています。
3.放射線療法
前立腺がんは放射線治療に向いているがんの一つで、放射線治療は、腫瘍の成長を遅らせる、あるいは縮小させるための治療法で、臓器の機能と形態の温存が出来ます。また全身的な影響が少なく、高齢者にも適応できる患者さんにやさしいがん治療法です。 リスクなどを考慮し、治療前・後にホルモン療法が併用されることもあります。
放射線療法には大きく分けて外部照射と内部照射があります。
外部照射は、転移のない癌、早期がん、局所進行がんが適応となります。副作用には頻尿、排尿時痛、血尿などの尿路の症状や頻便、排便時痛、直腸出血、性機能障害などが起こることがあります。
前立腺がんでは放射線の線量が高いほど効果も上がるのですが、線量を上げればどうしても周囲の組織に悪影響が出ます。そのためリニアックを用いた旧来の2次元照射では、照射線量をせいぜい66~68Gy程度までしか上げられず、治療効果は限定的で、 初期治療としては、今ではほとんど用いられていません。前立腺を3次元のターゲットとして多方向から照射する3次元原体照射では、70~74Gy程度の照射が可能ですが、それを発展させたIMRT(強度変調放射線治療)では、コンピュータ制御によって放射線に強弱をつけ、多方向からの放射線を組み合わせて、必要な箇所に強い放射線を当てる一方、周辺組織への被ばくを避けられるため74~80Gyという高線量照射を身体に影響が少ない状態で施行することが可能となりました。通常は通院での治療が可能です。現在では前立腺がん外部照射治療の主流となっており、治療成績も手術(全摘術)に劣りません。
もう1つは組織内照射 (密封小線源療法) といい前立腺の中に放射線源を密封した針やワイヤー、カテーテルを直接留置する方法です。アメリカでは広く施行されていますが、日本での認可は 2003年3月でした。低線量率組織内照射(LDR:ブラキセラピーor小線源療法)と高線量率組織内照射(HDR)の2種類があります。低リスクでは単独での治療、中・高リスクでは外照射と併用されることが多くなります。
これらに用いられる放射線はすべてX線ですが、陽子線や重粒子線を用いた粒子線治療もここ10数年の間に大きく普及してきました。粒子線治療は重粒子線を用いるものと陽子線を用いるものとがありますが、 どちらも2018年4月から保険適応となりました。
前立腺がんの場合、X線より粒子線治療のほうが好ましいという積極的な理由はまだ見当たりません。陽子線治療とIMRTは米国ではほぼ同等とみなされています。
重粒子線の治療成績は、陽子線よりは良さそうですが、それでもIMRTのTOPクラスの成績を明白に上回るものではありません。
粒子線治療は現在日本では19カ所(陽子線14 重粒子線6)の施設で行っています。
名古屋では2013年3月より名古屋陽子線治療センターで陽子線治療が行われています。
4.内分泌療法(ホルモン療法)
前立腺がんには、精巣や副腎から分泌されるアンドロゲン(男性ホルモン)の刺激で病気が進行する性質があります。内分泌療法は、アンドロゲンの分泌や働きを妨げる薬によって前立腺がんの勢いを抑える治療です。内分泌療法は手術や放射線治療を行うことが難しい場合や、放射線治療の前あるいは後、がんがほかの臓器に転移した場合などに行われます。
- (1)内分泌治療の問題点
- 内分泌療法の問題点は、長く治療を続けていると反応が弱くなり、落ち着いていた病状がぶり返す「再燃」が生じることです。内分泌療法は前立腺がんに対して有効な治療法ですが、この治療のみで完治することは困難であると考えられています。再燃した場合は女性ホルモン剤や副腎皮質ホルモン剤などが使用されることがありますが、これらも最初は変化がみられても、次第に変化が弱くなります。
- (2)去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)の治療
- 再燃し、内分泌療法の変化が弱くなったと診断されたがんを去勢抵抗性前立腺がんといいます。去勢抵抗性前立腺がんの薬物治療として、アンドロゲン受容体を阻害するエンザルタミド(イクスタンジ)や、アンドロゲン合成を阻害するアビラテロン酢酸エステル(ザイティガ)などを用いることがあります。また、化学療法や副腎皮質ホルモン剤での治療を組み合わせることもあります。
- (3)内分泌治療の副作用
- 内分泌療法の副作用には、ホットフラッシュ(のぼせ、ほてり、急な発汗)、性機能障害、乳房の症状、骨に対する影響、疲労などがあります。性機能障害では、勃起障害や性欲の低下が起こります。治療によってアンドロゲンが低下し、相対的に女性ホルモン(もともと男性にも存在します)が多い状態になるので、乳房が大きくなったり(女性化乳房)、乳頭に痛みを感じたりすることもあります。骨に対する影響として、骨密度が低下し、骨折のリスクが増加します。症状は一過性で、徐々に慣れてくることが多いのですが、副作用が強すぎるときには、薬の種類を変更したり、治療を中止したりすることがあります。
5.化学療法
抗がん剤を利用してがん細胞の増殖を抑え、がん細胞を破壊する治療法です。全身の癌細胞を攻撃・破壊し、体のどこにがん細胞があっても攻撃することができる全身療法ですが、副作用も強い治療です。 内分泌療法の作用が見られなくなった前立腺癌のみが化学療法の対象となり、現在はドセタキセル、カバジタキセルという、2つの抗がん剤が保険適応となっています。
早期前立腺がん治療法選択の参考に
PSA検査の普及で根治可能な早期の前立腺がんが多くみつかるようになりました。さて根治治療と言っても、大きく分けて手術か放射線かどちらも一長一短があり選択に迷うところです。選択の参考になるようメリットデメリットを考えてみました。
根治可能な前立腺がん
癌が前立腺の被膜内におさまっている。(T2以下の癌)
- 手術で完全に取り除ける
- 通常はT3以上は困難
- 放射線ですべて焼いてしまえる
- T3の一部まで可能
手術

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- 摘出した標本を調べて、悪性度・進達度を明らかにできる
(T2癌でも、手術したら少し外に出ていた【T3】ということもありうる)
- 進達度に応じて追加治療を施せる(放射線・ホルモンなど)

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放射線

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- 通院で可能
- 出血などのリスクが少ない
- 当初の合併症は少ない

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手術と放射線治療を直接比較した前向きのくじ引き試験は行われていないので、両者の優劣を正確には比較できない。治療後の再発率を、ざっくり比較すると5年ではほとんど同等、10年だと手術の方がやや優れているようであるが、放射線治療の進歩も著しい。
補足)根治治療ではないが、患者さんによっては早期前立腺がんに内分泌療法が行われ有効な場合もある。